訪チャイ雑記

プラン・インターナショナルなどの援助事業を通じて知り合ったタイの子供たちを訪ね歩くチャイルド訪問旅行。その際の出来事などを書きなぐった、あくまで個人的な覚え書きです。万一、同志の参考にでもなれば嬉しいですが、責任はとれません。 質問等もコメントでご遠慮なくどうぞ。

2011-10-20

捜索(その1)

すでに15年近く前のこと。
ランプーンの次女を訪ねたついでに、当時チェンマイにあったプランの現地事務所を表敬訪問することにした。
乾期だったのでバイクを借り、日本のプラン事務局から聞いていた住所を探して、市街から北へ向けて走っていった。
当時はグーグルマップなど無く、手に入る紙地図も詳細なのは観光地である市街部のみ。
市街を出てから何キロか行ったところで、さらに先になるのか、あるいは行き過ぎてしまったかと判らなくなってしまった。
最初からその辺りで誰かに尋ねることは想定内だったので、スピードを落として暇そうな人を物色してみる。
炎天下で歩いている人を引きとめるのも悪いな、とか思っているとバス停のベンチに座っているアベックを発見。
少し行き過ぎたところにバイクを停めて彼らのほうを振り返ると、男性のほうが立ち上がって、こちらに向かって走ってきた。
僕のところまで来ると、彼のほうから声をかけてきた。

「何かお困りですか?」
きょろきょろしながら走っていたバイクが、自分たちのほうを見てからいきなり停まったので、おそらく道に迷ったのだろうと推察し、自分のほうから近付いてくれたのだった。
プランの住所を書いたメモを見せたが、残念ながら彼もその住所がどの方向かは知らないとのこと。
メモには事務所の電話番号も書いてあったので、そこへ電話をかけてみたらということになった。
まだ携帯電話が普及する以前のことである。
実はタイのテレホンカードも持ってはいたのだが、郊外の道路沿いにそうそう公衆電話があるわけではない。
彼は自分が電話の場所を知っているからここで待ってろと言い、僕と連れの彼女を残して走っていってしまった。
すぐ近くに電話があるのだろうと思っていたが、これがなかなか帰ってこない。
随分経ってから戻ってきた彼が言うには、事務所の場所はまだ先で、プランのスタッフが道路まで出てくれることになったとのこと。
ただ、どのくらい先かってことが要領を得ない。
なにしろタイ人は地図が苦手で、距離感覚も非常に大雑把なのである。
その上、僕との会話では言葉の壁も大きく立ちはだかる。
で、彼が提案したのが、僕のバイクを彼が運転、後ろに僕を乗せて待ち合わせの場所まで行くということ。
恐縮して一度は遠慮はしてみたものの、行った先でまた迷子になれば、今度は待っているプランのスタッフに迷惑をかけることになる。
ここは彼の提案に甘えるしかない、というわけで、とうとう道案内のみならず運転手までさせてしまうことになった。

思っていたより長い距離を北へ走っったものの、彼のおかげであっさりとプランのスタッフに会うことができた。
ひとしきりお礼を言い、それではさっきの場所まで今度は僕が送って行くよと告げたら、彼はその必要は無いと言う。
さっきの彼女が一足先に自宅に戻り、彼女の親が車を出してここまで迎えに来てくれることになっているというのである。
そうこうしているうちに、本当に乗用車がやってきた。
運転しているのは父親で、後部座席には彼女が母親と一緒に乗っている。
ただ通りがかりに道を尋ねただけなのに、どこまでこの人たちは手間をかけて面倒を見てくれるのだろうか。
タイ人の親切心には慣れていたはずだが、それでもこの出来事は衝撃だった。

後でお礼の手紙を出したいと思い、手帳に名前と住所を書いてもらって、持っていたテレホンカードをお礼に渡して彼らと別れた。
後であらためて手帳を見てみたら、そこにはなんと彼の名前がカタカナで書かれていて、住所の記載は無かった。
日本語が書けるってのが自慢だったんだろうけど、これでは礼状を出すなんてできないじゃないか!
(続く)