連勝

学校を出てからサコンナコンの市街へ行く前に、四女と五女の実家に立ち寄る必要がある。
四女は出稼ぎ、五女は大学の寮に入っているので、二人に会うためには実家で連絡手段を確保しなければならないから。
まず向かった五女の家には誰もいなかった。
もちろん真っ昼間のことなので、これは想定内。
近所の庭で作業中の男性に尋ねると、畑に出ているから呼んできてやると言って、バイクで迎えに行ってくれた。
こういうご近所のお付き合いが嬉しいのである、というより、最初からそれを当てにしていたりする。
まもなく戻ってきた母親から、五女の連絡先を聞く。
今年は携帯電話を持つことができたようで、昨年のように友達に電話してつかまえてもらうということをしなくて済みそうだ。
五女とは大学が終わってから、夕方に寮で落ち合うことにした。

続いて、四女の実家に行ったが、ここでも母親はいなかった。
ところが、庭に会ったことの無い若い女性がいて、話を聞くと四女の姉らしい。
これは初耳なので、ひょっとすると兄嫁なのかもしれない。
腕には乳児を抱いている。

彼女の話では、バンコクに出稼ぎ中の四女は、昨年と同じ所で働いているという。
ただ、携帯電話は持っていないので、親戚のうちの固定電話で連絡をとることになった。
もっとも職場はわかっているので、いきなり会いに行くことも可能なわけである。
帰国前日にバンコクで会うことができそうだ。

というわけで、思った以上に簡単に、二人とも面会の目処がたった。
あとはサコンナコンの町でホテルに入り、五女の大学に行くだけ。
事前の連絡がまったくできないところばかりで、行くべきところはすべて行けたし、会うべき人には皆会えている。
タイトなスケジュールにもかかわらず、ロスも遅延もなく、まさに連戦連勝の気分。
唯一の誤算が、激しい腰痛のために、行く先々で不恰好な姿勢を見せてしまうことだった。

跪拝

新しい奨学生は、県外から通ってきているという。
自宅の住所からすると、バスで片道小一時間はかかりそうだ。
学費のほかに通学にも金がかかるということで彼女が選ばれたのかもしれない。
ともあれ、この子が奨学生になることに何の問題も無いので、これで決定。
今後、卒業まで毎年３千バーツ、大学進学がかなったら５千バーツを提供すると伝える。
すでにカラシン先生のことは知らない学年だと思うので、この学校で亡くなるまで教鞭を取っていた先生を記念するものなのだと説明し、他にも大勢の先輩奨学生がいるから金額は少ないんだよと、セコい言い訳も付け加えておく。

一通りの手続きが終わったところで、校長が僕に向かって、奨学金を直接彼女に手渡してやってほしいと言う。
本来、一度通帳に入れてもらいたいのであるが、その授与の様子を写真で記録しておきたいというのである。
すでに別の先生がカメラと三脚を持ってきて、準備まで始めていた。

最近のタイの物価を考えれば、３千バーツはそんな大仰な金額ではないし、それを恩着せがましく手渡してる様子を残されるなんて、むしろ恥ずかしくてイヤだ。
「これは学校に提供したものなので、生徒さんには先生のほうから渡してください」と言って断った。
「それではそうしましょう」ということで、あっさり校長が手渡すところを撮影することになった。
ホッとして見ていると、椅子に座った校長の足元に彼女が跪き、上半身を前に投げ出す。
床に頭が着かんばかりのお辞儀は、僕もこれまでに一度しかされたことが無い、最上級の敬礼「跪拝」だ。
（しまったーー！　これをやってもらえるんだったら自分が渡すんだった）
僕の金で彼女からの礼を受けている校長に嫉妬を覚えつつ、こちらはその様子を指をくわえて、ただ横から見ているだけ。

最後に校長から、学校からのプレゼントだといって通学カバンを貰った。
普通のリュックサックだが、学校の名前と紋章が入っている。
それも確かに嬉しいけれど、どうせだったら、やっぱり彼女の跪拝のほうがよかったなあと思ってしまう。
次に同じような機会があったら、絶対に遠慮はしないと心に決めて学校を出たのだった。